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長友佑都ユニフォーム特集(インテル)Internazionale Milano 

長友佑都。インテルユニフォームの背番号55、日本代表ユニフォームの背番号5。世界一のサイドバックを目標に掲げ、2010年夏にFC東京からセリエAチェゼーナへ移籍。半年後にインテルへ電撃移籍し、一気に世界最高峰のクラブへ到達した。ネッラズーロのユニフォームを着るのは長友佑都が初めての日本人である。


インテル11-12ホームユニフォーム55長友佑都
インテル11-12ホームユニフォーム
55 Nagatomo セリエA

インテル11-12ホームユニフォーム55長友佑都
インテル11-12ホームユニフォーム
55 Nagatomo チャンピオンズリーグ

インテル11-12アウェイユニフォーム
インテル11-12
アウェイユニフォーム


スピードを生かしたオーバーラップ、上下運動を何度繰り返しても落ちないアジリティ、そして運動量で左サイドを制圧。セリエAトップクラスの矢のようなスピード&底無しのスタミナがストロングポイントだ。全速力で疾走し、最前線に駆け上がったかと思えば、あっという間に帰陣しアタッカーを激しくチェイス。2011アジアカップ決勝では、日本代表トップとなる走行距離15.47kmを記録したダイナモである。170cmしかない長友佑都と欧州プレーヤーの身長差は歴然。しかし、体格差をカバーして有り余る鍛え上げたフィジカル、90分間ファイトできるハート、球際の激しさを持ち合わせ、大男たち相手に一歩もひけをとらない。もともと右利きだが左足の技術も高く、精度の高い左右両足のクロスからチャンスを演出する。

1986年9月12日生まれ。愛媛県西条市出身。本格的にサッカーを始めたのは、西条の神拝サッカースクールに入団した小3のとき。すぐに頭角を表し、地元では名の知れた存在となる。無尽蔵のスタミナの基礎が築かれたのは西条北中時代。吐こうが何しようがダッシュとランニングを繰り返し、徹底的に体を苛め抜いた。トップ下でプレーした中3の県大会では3位に入り、大会ベストイレブンに選出されたものの、高校から声はかからず。一般入試で同世代のエリートが全国から集う強豪・東福岡高校に進んだ。東福岡で無名同然の長友佑都。レギュラーの座を掴むため、筋トレや走り込みなど毎日自主練に取り組みストロングポイントを強化。その努力実り、スポーツ推薦入学のライバルを押し退け、ボランチのレギュラーとして高3の全国高校サッカー選手権出場を果たした。しかし、Jからオファーはなく、指定校推薦で明治大学へ進むことになった。


明治大学(Meiji University)
ボランチからサイドバックへコンバートされたのは、2005年の明治大学入学直後の5月。椎間板ヘルニアによる長期離脱を経て、トップチームに復帰した2006年8月から長友佑都の快進撃は始まる。スタメン起用された関東大学リーグで頭角を表し、2006年度の全日本学選抜に選出。2007年6月にU-23日本代表に初招集。北京五輪2次予選vsマレーシア戦に右サイドバックとして出場し、北京五輪メンバー入りの道を切り開いた。2007年8月8日~18日にバンコクで開催された夏季ユニバーシアードに招集。第81回関東大学リーグを制した明大優勝メンバーに名を連ね、ベストイレブンに選出。驚くべきスピードで成長曲線を描き、大学サッカー界を代表するサイドバックへと変貌を遂げた。

2007年5月2日にJFA・Jリーグ特別指定選手に承認されれ、明大サッカー部に所属しながらFC東京の練習に参加。7月8日に背番号38のFC東京ユニフォームを与えられナビスコカップ準々決勝vsマリノス戦に途中出場。公式戦デビューを飾った。12月19日、2008シーズンよりFC東京加入が内定。2008年1月に明大サッカー部を退部。FC東京と3年間の正式契約を結んだ。


FC東京(F.C. Tokyo)
FC東京入団後、右サイドバックから左サイドバックへコンバートされ初年度からレギュラーに定着。3月8日の開幕戦vsヴィッセル神戸戦でJリーグデビューを飾る。5月3日の大宮戦でJ初得点を記録し、5月24日のコートジボワール戦に日本代表08ホームユニフォームを着てA代表デビュー。サイドバックへコンバートされ3年、左サイドバックにいたってはコンバート後たった5ヶ月でフル代表へ上りつめた。8月8日に始まった北京オリンピックvsアメリカ戦、オランダ戦の2試合に先発フル出場。シリアと対戦した11月13日のキリンチャレンジカップでは、フル代表初ゴールとなる先制ミドルを叩き込む。2009シーズンもクラブ、日本代表の主力を担いJリーグベストイレブンを受賞。そして、驚くべき早さでキャリアを駆け上がるワールドカップイヤーを迎える。2010年6月11日~7月11日に開催されたワールドカップ南アフリカ大会は、グループリーグ3試合と決勝トーナメント1回戦の全4試合にフル出場し日本代表ベスト16進出に貢献。初戦のカメルーン戦では両チーム最高速度となる時速30.16kmを叩き出し、世界トップクラスのスプリント能力を証明した。


チェゼーナ(AC Cesena)
WC直後の7月14日、2年前から長友佑都に注目していたというイタリアのチェゼーナへ、2010年7月15日~2011年6月30日までレンタル移籍が決定。8月28日にローマと対戦したセリエA2010/2011シーズン開幕戦で欧州デビュー。11月21日のパレルモ戦でセリエA初アシストをマーク。クリスマス休暇まで全16試合連続フル出場。欧州5大リーグの中で適応がもっとも難しいと言われるセリエAに見事順応してみせた。2011年1月7日~29日までカタールで開催されたアジアカップに招集。全6試合にフル出場し再三にわたり左サイドを破りチャンスを作る。試合中に左MFへポジションを上げた決勝のオーストラリア戦では、延長後半4分に左サイドを突破。絶妙のクロスを李忠成に供給し、決勝ボレーをアシスト。日本代表4度目のアジア制覇に貢献しSBとしての評価を更に高めた。


インテル(FC Internazionale Milano)
2011年1月29日、チェゼーナが移籍金170万ユーロ(約2億円)で長友佑都を完全移籍で獲得。イタリア各紙がそう報じた2日後の1月31日、午後7時に設定された欧州サッカー2011冬のメルカート締切り直前3分前にチェゼーナからインテルへレンタル移籍が決定する。インテルデビュー戦は2011年2月6日にジュゼッペ・メアッツァで行なわれたセリエA第24節vsローマ戦。75分にスナイデルと交代でピッチに入り、ネッラズーロの10-11ホームユニフォームを着て15分間プレー。19日の第26節カリアリ戦で先発フル出場。3月6日の第28節vsジェノア戦84分にセリエA初得点を決め、直後に堂々のおじぎパフォーマンスをしてみせた。9日後のUEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦2ndレグvsバイエルン・ミュンヘン戦に途中交代で出場し欧州CLデビュー。内田篤人が所属するシャルケと対戦した準々決勝2ndレグにフル出場。両チーム最高走行距離11.53㎞を記録。5月22日のリーグ戦最終節vsカターニア戦62分にゴールネットを揺らし今季2点目をマーク。再びお辞儀パフォーマンスを披露した。3-1快勝となったこの試合で、イタリア紙ガゼッタ・デロ・スポルトは、長友佑都にチーム最高となる7.5のレイティングをつけている。10/11シーズン最終戦となった5月29日のコッパイタリア2011決勝vsパレルモ戦に右SBで先発フル出場。安定したプレーで3-1の勝利に貢献し、プロのキャリア初となるタイトルを獲得。

7月1日、推定移籍金600万ユーロ(約7億円)で長友佑都はインテルに完全移籍。7月30日のプレシーズンマッチvsセルティック戦で右肩を脱臼したが、驚異の回復力で8月末のテストマッチで戦列復帰。ガスペリーニ体制となった2011/2012シーズンは、新システム3-4-3のMFとして気を吐くものの、リーグ戦3試合で1分2敗とチームは低迷。本拠地で格下のトラブゾンスポールを迎えた9月14日のCL開幕戦に0-1で敗れるなど、攻撃的スリーバック導入は完全に失敗。インテルは大混乱に陥った。9月24日の第5節vsボローニャ戦からラニエリが新指揮官に就任。システムを従来の4-4-2に戻し建て直しを計る。ボローニャ戦に右SBで先発フル出場。豊富な運動量で1-3の今季初勝利に貢献した。故障中のマイコンが戻ると定位置の左SBへ戻り先発フル出場を重ね、上昇気流にのったチームと共同歩調をとるように彼のパフォーマンスも向上していった。ジュゼッペ・メアッツァへ来て1年足らず。すでに名門クラブの不可欠な存在となり、インテルの看板となった両サイドバックの攻撃参加の一翼を担う長友佑都。まだまだ上を狙い続ける男は、戦術眼と技術をイタリアで吸収し、世界No.1サイドバックという到達点に一歩一歩近づきつつある。


長友佑都 基本情報
本名長友佑都
欧文Yuto Nagatomo
愛称ユウト、ナガ、ゴリラ、モトリーノ
ポジションDF
背番号55
生年月日1986年9月12日
国籍日本
出身地愛媛県西条市
身長170㎝
体重68kg
契約2016年6月30日(インテル)
移籍金600万ユーロ(約7億200万円:推定)
年棒200万ユーロ(2億3400万円:推定)
プロデビュー2008年3月8日 Jリーグ vsヴィッセル神戸
代表デビュー2008年5月24日 キリンカップ vsコートジボワール
公式ブログhttp://ameblo.jp/guapoblog/theme-10019835508.html



シーズン所属クラブリーグ背番号
2008FC東京Jリーグ
2009FC東京Jリーグ
2010FC東京Jリーグ
2010/2011チェゼーナセリエA
2010/2011インテルセリエA55
2011/2012インテルセリエA55



タイトル
FC東京
ヤマザキナビスコカップ2009年
インテル
コッパイタリア2011年
日本代表
AFCアジアカップ20112011年





長友佑都ユニフォームインテル
▲インテルユニフォーム特設コーナー(長友佑都マーキング入りユニ取扱い)▲



日本代表2012ユニフォームバナー
▲日本代表ユニフォーム特設コーナー(長友佑都マーキング対応ユニ取扱い)▲




長友佑都ユニフォームギャラリー
ギャラリー掲載中のユニは、長友佑都がプロのキャリアをスタートしてから現在に至るまで着用したモデルです。
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特設ページへは上記掲出のインテルバナー、日本代表バナーをクリックするとジャンプ可能‼ ぜひお立ち寄りください!



FC東京2008ホームユニフォーム
FC東京2008ホームユニフォーム

FC東京2008アウェイユニフォーム
FC東京2008アウェイユニフォーム

FC東京2009ホームユニフォーム
FC東京2009ホームユニフォーム

FC東京2010ホームユニフォーム
FC東京2010ホームユニフォーム


FC東京2010アウェイユニフォーム
FC東京2010アウェイユニフォーム


チェゼーナ10-11ホームユニフォーム5長友佑都
チェゼーナ10-11ホームユニ
5 NAGATOMO

チェゼーナ10-11アウェイユニフォーム5長友佑都
チェゼーナ10-11アウェイユニ
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インテル10-11ホームユニフォーム2010CWCチャンピオンパッチつき55長友佑都
インテル10-11ホームユニフォーム
55 NAGATOMO セリエA

インテル10-11ホームUCLユニフォーム2010CWCチャンピオンパッチつき55長友佑都
インテル10-11ホームユニフォーム
55 NAGATOMO チャンピオンズリーグ

インテル10-11ホームユニフォーム55長友佑都コッパイタリア決勝
インテル10-11ホームユニフォーム
55 NAGATOMO コッパイタリア決勝

インテル10-11アウェイユニフォーム2010CWCチャンピオンパッチつき55長友佑都
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インテル11-12ホームユニフォーム55長友佑都
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日本代表08ホームユニフォーム
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[ 2011/05/01 19:15 ] 長友佑都 | TB(0) | CM(0)











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